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上海事変戦死者之碑

 昭和6年9月18日に勃発した満州事変は上海に飛火して波及した。当時わが海軍は第一遣外艦隊の13隻の艦艇を揚子江に配備し、また上海特別陸戦隊700名を上海に駐屯せしめていたが、上海における抗日・反日運動は日ましに激しくなり、上海を中心に各地に暴動や殺傷事件が頻発し、居留邦人の保護や権益の擁護は焦眉の急となった。佐世保からは昭和7年1月5日の第二七駆逐隊の三艦を皮切りに各鎮守府在籍艦が陸続と上海方面に派遣された。1月26日には佐世保から第二特別陸戦隊一箇大隊も艦艇に便乗して佐世保を出港し、28日上海に到着、直ちに上海特別陸戦隊に編入された。
 1月28日深更、上海北四川路西側地区において陸戦隊は支那軍の射撃を受け、ここに両軍の戦闘は開始され第一次上海事変が勃発した。わが陸戦隊は佐世保と呉から派出された兵力を合せて2700名であったが、この兵力をもって支那正規軍7万の兵力と戦うことになった。
 わが陸戦隊は、雲霞のように殺到する多勢の敵を迎え討って、寡兵よく二週間、不眠不休で戦闘を続け、ついに敵を一歩もわが警備区域内に進入せしめずして居留民保護の重責を果し、2月13日陸軍部隊にバトンを引き継いだのである。「シャンリク」の名は一躍世界に響いた。
 事変は第三艦隊や第四特別陸戦隊(佐世保)の派出、また陸軍部隊の大量派遣により、上海及び周辺地域はわが軍の占領することによって3月3日停戦となって終結した。
 陸戦隊の戦死者の合同葬は、1月末、2月18日及び20日に佐世保凱旋記念館で行われた。海軍基地の「上海事変戦死者之碑」には、第一次上海事変の戦死者矢部少佐以下78名を祀ってある。
一般社団法人佐世保東山海軍墓地保存会
〒857-0842
長崎県佐世保市東山町182-1
TEL.0956-88-8397
FAX. 同上
メール.s-kaigunbochi@tvs12.jp
目的:
1.英霊の慰霊
2.戦没者、殉職者の調査、記録及び その情報提供
3.慰霊碑及び墓碑の維持管理
4.墓地内の清掃、美化その他環境整 備
5.英霊の慰霊の啓蒙
 
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