日 本海軍では、戦前より、大型優秀客船の建造助成を行ない、有事には買収または徴用して特設空母とする計画があった。その3隻のうちの1隻が、三菱長崎造船所で建設中であった欧州航路貨客船の春日丸であり、それを改装したのが、航空母艦大鷹である。
大東亜戦争中は主として飛行機輸送の任についていた。
大鷹は昭和19年8月18日船団護衛中ルソン島西岸において敵潜水艦の魚雷が命中し沈没した。
慰霊碑は昭和59年10月16日建立された。
艦沈没時、運命を共にした477名をふくみ戦没者484名を祀る。
大東亜戦争中は主として飛行機輸送の任についていた。
大鷹は昭和19年8月18日船団護衛中ルソン島西岸において敵潜水艦の魚雷が命中し沈没した。
慰霊碑は昭和59年10月16日建立された。
艦沈没時、運命を共にした477名をふくみ戦没者484名を祀る。